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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)10246号 判決 1960年1月29日

原告 吉田嘉之

右訴訟代理人弁護士 神道寛次

被告 本木良之助

外三名

被告 株式会社 田中

右代表者 田中忠次

右五名訴訟代理人弁護士 庵治川良雄

主文

一、被告本木良之助は原告に対し、東京都中央区銀座西五丁目一番の一八、宅地二八坪七勺にある家屋番号同町一番一九、木造スレート及びトタン葺二階建店舗並びに居宅一棟、建坪二五坪二階一八坪(但し実測建坪二階いずれも二五坪)を収去して、右宅地を明渡し、かつ昭和年三一年九月一日から、右明渡ずみに至る迄、一ヶ月三九、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

二、原告に対し

(1)  被告鴨志田松之助は、前項記載の家屋階下二五坪の内、便所二合五勺及び炊事場一坪五合を除く、その余の二三坪二合五勺から

(2)  被告百々英一同田内俊明は、同項記載の家屋の二階奥六畳の一室から

(3)  被告株式会社田中は、同項記載の家屋二階奥階段脇の事務室建坪二坪五合からそれぞれ退去し

(4)  被告百々英一同田内俊明同株式会社田中は(1)の便所二合五勺を、それぞれ明渡し

(5)  被告百々英一同田内俊明は、(1)の炊事場一坪五合を明渡し

それぞれ第一項記載の宅地二八坪七勺の明渡をせよ。

三、訴訟費用は、被告等の負担とする。

四、この判決は、原告に於て執行前、被告本木良之助の為、五〇万円、その他の被告等の為、各一〇万円、又は当裁判所が、これ等の金額に相当すると認める有価証券を、担保として供託するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決、及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、主文第一項掲記の宅地(以下本件宅地という)は、吉田嘉助の所有であつたが、同人は二七年三月三一日死亡し、原告がその所有権を相続し、同年八月二五日、その旨の相続登記を経た。

二、吉田嘉助は、昭和一〇年七月二四日、被告本木良之助に対し、本件宅地を、

(1)  存続期間同年同月から、昭和三〇年七月二三日迄満二〇ヵ年

(2)  目的、普通木造建物所有

(3)  賃料一ヵ月五一円九三銭、毎月二八日限り、持参払

の定めで賃貸した。その後賃料は当事者合意の上増額せられ、昭和二九年頃以降は、一ヵ月三九、〇〇〇円となつていた。

三、同被告は、本件宅地上に、普通木造家屋を所有していたが、その家屋は昭和二〇年四月二三日、戦災により焼失したので、同被告の賃借権は、戦時罹災土地物件令第三条に基いて即日、その進行を停止したが、同被告は同年一二月末日迄に、本件宅地上に、主文第一項掲記の建物(以下本件建物という)の建築を完成し、爾来これを所有しているので、右貸借権の存続期間は、昭和二一年一月一日から、更にその進行を開始し、結局、昭和三〇年七月二三日を以て満了すべき本件宅地の賃借権の存続期間は、同年同月同日から、右停止期間二五三日の後である昭和三一年四月二日を以て満了する筋合であるが、昭和三一年九月一五日施行せられた罹災都市借地借家臨時処理法第一一条に基き、その存続期間は、昭和三一年九月一四日を以て満了した。

四、(1) 原告は、有限会社ヒローカメラ商会を設立して、写真機及び写真材料の販売業を営む者であるが、独立の店舗を有せず、昭和二九年一一月二二日から、現在迄、有限会社ツルヤ(代表者亀岡重治郎)から東京都中央区銀座西五丁目三番地の対鶴館ビル一階ツルヤ店内の一部、約一一坪の部分を、いわゆるケース借りの方法により、存続期間三ヵ年、賃料一ヵ月一〇万円の定めで賃借し、昭和三二年一一月二一日の期間満了後、昭和三四年五月二一日迄、一ヵ年半、賃料一ヵ月一六五、〇〇〇円、顧問料として三万五、〇〇〇円、合計二〇万円の定めで、その契約を更新したが、昭和三四年一〇月一五日、存続期間を昭和三六年五月二一日迄延長する、その期間は更新することを許さず、期間の満了と共に、賃貸借は当然解除となり、有限会社ヒローカメラ商会は、右賃借部分から退去して、これを明渡すことを定めた。

(2) それ故、原告としては、昭和三六年五月二二日以後は、右店店舗で営業を営むことができず、被告本木良之助から本件宅地の返還をうけ、右店舗を経営する為、その地上に、鉄筋コンクリート造耐火建物を建築する必要に迫られている。

(3) 本件宅地には、建築基準法第六〇条第六一条の規定により、鉄骨鉄筋コンクリート造等耐火建築物のみが許され、本件建物のような木造建築物の建築は許されない。

(4) 右法令が本件宅地に適用されるに至つたことは、昭和一〇年七月二四日の賃貸借成立当時とは、事情が変更したことに該当するから、それは、原告が賃貸借更新を拒絶する事由に加えられるべきものである。

五、被告本木良之助は、本件建物の外に、

(1)  中央区銀座七丁目二番地(銀座松坂屋筋向い)に、宅地二五坪一合八勺、店舗建坪二九坪四合九勺各一筆を所有し、同所で、洋品装身具商株式会社モトキ洋品店を経営し

(2)  同区銀座四丁目一番地(銀座三越北隣)に、本造トタン葺二階建店舗建坪二五坪八合六勺一棟を所有し、洋品雑貨販売業モトキ洋品本店を経営し、

(3)  同区銀座西四丁目五番地(株式会社天賞堂西隣)に、家屋番号同町二七番店舗建坪六三坪六合一勺を所有している。従つて、同被告は、本件宅地を原告に返還しても、その営業に支障を来すことはない。

六、そこで原告は、右借地権存続期間満了に先だち、昭和三〇年一二月二八日付書留内容証明郵便を以て、同被告に対し、原告は借地法第四条第一項但書に基き、同被告の契約更新を予め拒絶する旨の意思表示を発し、その書面は翌二九日、同被告に到達した。同被告は、同年同月三〇日付書留内容証明郵便を以て、原告に対し、契約更新を請求する旨の意思表示を発し、その書面はその頃原告に到達した。

しかるに、同被告は、昭和三一年九月一四日存続期間満了後も引つづき、本件宅地の使用を継続しているので、原告は同年九月二〇日付書留内容証明郵便を以て、同被告に対し、同被告の賃借権の存続期間は、罹災都市借地借家臨時処理法第一一条の規定に基き、同年九月一四日を以て満了したが、原告は賃貸借更新を拒絶する旨の意思表示を発し、その書面は翌二一日、同被告に到達した。

七、被告鴨志田松之助同百々英一同田内俊明同株式会社田中は、それぞれ、主文第二項掲記の各部分を占有使用している。

八、これを要するに、原告の更新拒絶は、正当の事由を有し、かつ、事情変更の原則に基くから、本件宅地の賃貸借は、昭和三一年九月一四日を以て存続期間が満了し、その後被告等の占有は、原告に対抗し得る権原をもたないものである。

よつて原告は、被告本木良之助に対し、本件建物の収去、本件宅地の明渡、右約定賃料一ヵ月三九、〇〇〇円の割合により、昭和三一年九月一日から、同年九月一四日迄の賃料、翌一五日から、右明渡ずみに至る迄の損害金の支払を求め、その他の被告等に対し、主文第二項掲記の部分から退去明渡、本件宅地の明渡を求める為、本訴各請求に及んだ。

被告等が、原告の更新拒絶が正当の事由を欠くとして主張する

(1)の事実は、対鶴館に関する部分を除き、その他の事実を否認する。

(2)の事実はすべて知らない。

被告等の各抗弁につき、その主張事実を否認する。右各抗弁は、いずれも被告等が故意又は重大な過失により、時機に後れて提出した防禦方法であるから、その却下を求めると述べ

証拠として、甲第一第二号証、第三号証の一、二、第四号証第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一ないし五、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証、第一二号証の一、二、第一三ないし第一五号証を提出し、証人中野日出男の証言原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第一号証の成立を認めると述べた。

被告等訴訟代理人は「一、原告の各請求を棄却する。二、訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の一ないし三の事実を認める。

四の(1)及び(3)の事実は知らない。(2)の事実を否認する。(4)の主張を争う。

五の(1)(2)(3)の各事実(但し被告本木良之助が、原告主張の各営業を営むことを否認する)を認める。その他の主張を争う。

六及び七の事実を認める。

八の主張を争う。

原告の為した賃貸借更新の拒絶の意思表示は、正当の事由を欠く。その理由は、次の通りである。

(1) 原告及びその先代は古くから銀座の地主で、これを他人に賃貸し、その賃料を以て、裕福な生活をしていて、何等の営業もしていなかつた。ところが数年前から、原告等兄弟は本件宅地の前、電車通りを隔てた向側で、銀座写真館という商号の下に、写真機、材料等の営業を始め、その後、原告は兄と別れて、対鶴館で、同様の営業を始めた。かように裕福な原告が、被告本木良之助に対して賃貸借更新拒絶の意思表示を為すことは、許されない。

(2) 被告等は、本件建物から退去し、本件宅地を明渡すことができない。

(イ)  銀座附近では、他人の宅地を賃借して、その地上に建物を建築し、自らこれを使用し、又は他人にこれを賃貸している者は、非常に多いが、未だ曾て、賃貸借存続期間が満了したという理由で、賃借地を返還した例を聞かない。本件宅地の賃料が、一ヵ月三九、〇〇〇円であることは、賃借人である被告本木良之助が、半永久的に本件宅地を使用し得ることを意味する。

(ロ)  被告本木良之助が、本件建物を収去すれば、他の被告等は、その生活の本拠を失うことになる。

(ハ)  被告鴨志田松之助は、本件店舗の階下で「サンエー」なる商号を用い、七人の使用人を雇つて、洋品雑貨商を営んでいる。従つて本件建物を収去すれば使用人七人の生活権を奪うことになる。

(ニ)  被告百々英一は元警視庁巡査で、現在無職である。被告田内俊明と共に、本件建物から退去すれば、その住居を奪われることになる。

(ホ)  被告株式会社田中は、ネクタイの卸商で、原告主張の事務室から退去すると、営業不能に陥ることになり、他に事務所を物色することは、事実上困難である。

抗弁として、(一)被告本木良之助は昭和二〇年九月一日、原告の父吉田嘉助から、本件宅地を、普通建物所有の目的を以て、存続期間は、同年同月同日から、満三〇ヵ年の定めで、賃借した。

(二) 仮にそうでないとしても、原告は、父から莫大な資産を相続し、その生活が豊であるから、原告の本訴各請求は、被告等の莫大な損失に於て、巨利を得んとするものであつて、公共の福祉、信義誠実の原則に反するから、失当である、と述べ証拠として、乙第一号証を提出し、被告本木良之助(第一、二回)同鴨志田松之助同百々英一同株式会社田中代表者本人尋問の結果を援用し、甲第六号証、第一〇号証第一三ないし第一五号証の各成立は知らない。その他の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告主張の一ないし三の事実は、被告等が自白したところである。

成立に争のない甲第一二号証の一、二の各記載原告本人尋問の結果(第一、二回)及びその結果により真正に成立したと認める甲第六第一〇号証第一三号証の各記載証人中野日出男の証言によれば、原告主張の四の(1)の事実が認められる。

原告主張の五の(1)(2)(3)(但し被告本木良之助が、原告主張の各営業を営むことを除く)、及び六、七の各事実は、被告等の自白したところである。

そこで、原告が為した右賃貸借更新拒絶が借地法第四条第一項但書にいわゆる、正当の事由を具えるか否かにつき判断する。

原告本人尋問の結果(第一、二回)及びその結果により、真正に成立したと認める甲第一三、第一四号証の記載によれば、原告は、昭和三六年五月二二日以後は、有限会社ツルヤに対し前記対鶴館ビル一階の店舗を明渡さなければならぬので、おそくとも同日迄に被告本木良之助から本件宅地の明渡をうけ、その地上に、建築費用千六、七百万円の予定で、地下二階、地上三階、建坪二二坪延坪数一一〇坪の鉄筋コンクリート造の店舗一棟を建築して、そこで写真機及びその材料の販売業を営む計画であること、原告は、右対鶴館ビル一階の営業所以外には、店舗を有しないことが認められる。

尤も被告本木良之助本人尋問の結果(第一回)によれば、昭和二七年に死亡した原告の亡父吉田嘉助は、相当の資産家であつたことが認められるから、その相続人の一人であつた原告は可成の財産を相続したことが推認せられるのであるが、一方、被告本木良之助、同鴨志田松之助、同百々英一同株式会社田中代表者各本人尋問の結果によれば、被告等が、本件建物を収去又は退去明渡をすれば、同被告等のみならず、同居の使用人は、差当り転居先を見出すに困難なことが認められる。しかしながら、成立に争のない甲第一一号証の記載によれば、東京都京橋区の昭和三二年度所得申告額では、被告本木良之助は、同区内で一七位であることが、認められる。従つて、被告本木良之助が努力をすれば、他の被告等の為に、転居先を見出してやることはさして難事ではないということができる。

成立に争のない甲第七号証の一ないし五の各写真、同第九号証の記載、証人中野日出男の証言によれば、被告本木良之助所有の本件建物は、都電数寄屋橋停留場附近にあるが、その構造、外観は、銀座の建物としては、寧ろ遜色のあるものであること、前記五の(1)(2)(3)の各建物は、いずれも銀座の目抜の場所にあり、その外観は本件建物よりも、すぐれて居り、かつ右各建物に於て同被告が経営する、前記五の(1)(2)(3)の各営業は、いずれも盛業中であることが認められる。

被告等の抗弁につき、判断する。当裁判所は、本件訴訟の経過に鑑み、その抗弁は格別時機に後れたものでないと判断する。

(一)  被告本木良之助は、昭和二〇年五月一日、原告の父吉田嘉助から、本件宅地を、存続期間同年同月同日から、満三〇ヵ年の定めで賃借したと主張するけれども、当時同被告は、昭和三〇年七月二三日迄(賃借権の停止期間をしばらくおく)の存続期間を有する賃借権を有していたのであるから、本件宅地上の同被告所有の建物が、戦災により消滅したからと言つて新たに賃貸借を結ぶ必要はなく、右賃貸借は成立しなかつたこと、認めざるを得ない。この点に関する、被告本木良之助本人尋問の結果(第二回)は、当裁判所の措信しないところであり、他に被告等主張の事実を認めるに足りる、証拠資料はない。被告等の(一)の抗弁を排斥する。

(二)  被告等は、原告の本訴各請求は、原告、被告等の莫大な損失に於て、巨利を博せんとするものであり、公共の福祉、信義誠実の原則に反するから、失当であると主張するけれども、原告本人尋問の結果(第二回)によれば原告は、被告本木良之助が、本件建物を収去して、本件宅地を明渡すならば、立退費用として、一、〇〇〇万円を贈与し、もし、その地上に、前記建築予定の店舗が、同被告の明渡後、一ヵ年以内に完成した暁には、同被告の為に、地上二階以上の店舗を、他よりも有利な条件で、賃貸する意思があることが認められる。してみれば、原告の本訴各請求は、必ずしも被告等の莫大な犠牲に於て、原告が巨利を博することを目的とするものと、いうことはできない。

被告等は、被告本木良之助が、昭和三一年九月一四日当時、本件宅地上に、本件建物を所有していたから、原告は、賃貸借更新を拒絶することができず、借地法第四条第一項但書の場合に於ては、賃貸人は、更新拒絶の自由を有しないように主張するけれども、当裁判所は、その解釈をとらず、前段認定の事実に於ては、原告が昭和三一年九月二一日、被告本木良之助に対して為した、前記賃貸借更新拒絶の意思表示は、原告がこれを自ら使用する、正当の事由を具えたものと、判断する。

以上判示の事実に基く、原告の本訴各請求は、すべて正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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